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Blue blossoms in the dark

 僕はその写真をくいるように見ていた。なぜ、そんなに引き込まれたのかは、その時は分からなかった。その写真は放課後の教室の僕の机の上に無造作に置かれていた。誰が置いたのかは分からない。

 夏を予感させるような春の終わりの暖かい風が高校の教室の窓から舞い込んでくる日だった。教室はすでに僕一人きりだった。きっと、誰かが置き忘れた写真が風に舞って僕の机に運ばれてきたのだろう。それは風景を撮った、ごく普通の写真だった。暗闇でおぼろげに桜の花が映っている。多分、1月ほど前のスナップ写真だろう。でも、その写真の中で桜の花は青く輝いて、僕に何かを訴えているように思える。何故なのだろう。

 突然、大きな音を立てて教室の扉が開いた。僕は現実に戻って背後の扉を見た。彼女の視線が真っ直ぐに僕を見ていた。僕は何事か分からずに彼女を見つめ返す。ほんのしばらく無言の時が流れ、僕の持っている写真を彼女が見ていることに気がついた。やっと事態が呑み込めて彼女に話しかける。
 「この写真、君の? 僕の机の上にあったんだ」
彼女は一瞬考えたようなそぶりを見せた後、僕の方に近づきながら答える。
 「うん。机の上に忘れちゃったんで、取りに来たんだ」
 彼女は帰宅の途中で慌てて戻ってきたようで、制服の胸に鞄を抱えて息を弾ませていた。そして、僕のそばにきて、僕の手の中の写真を覗き込む。いつも教室で会っている彼女とは違う、ほのかな笑顔を見せた。きっと、忘れた写真をみつけて、ほっとしたのだろう。でも、僕は少しドギマギした。教室で二人きりだからかもしれないし、写真に引き込まれてまだ幻想の中にいたのかもしれない。
 「写真、みつかって良かった」
 今度は、彼女がいつもの笑顔で話しかける。その一言で、僕は、やっと、いつものペースに戻った。
 「この写真、君が撮ったの?」
 「うん、綺麗に撮れたから、友達に見せようと思って学校に持ってきたんだ」
 「本当に綺麗に撮れているね。ちょっと、見いっちゃったよ」
 「本当? そう言ってくれると嬉しいな。友達はみんな興味なかったみたい」
 そう言って、彼女は、またさっきのほのかな笑みを浮かべた。その笑みの深みにある何かを見たような気がした。それは、写真の中で桜の花を照らしているほのかな青い光と同じかもしれない。それらは僕の心を引き込む力を持っているのかもしれない。

 僕は写真を彼女に手渡して、彼女に話しかける。
 「良かったら、一緒に帰る?」
 彼女は、またほのかな笑みを浮かべて、僕を見てうなずく。夏を予感させながら舞う温かい風を残して、僕らは教室を後にした。

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